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2008年7月

2008.07.14

ただいま滞独中

そういうわけで7/11-13まで、奨学金支給団体(Diakonisches Werk der EKD)による、今年で奨学金が終わる人のためのセミナーに参加するために、またドイツくんだりまで来ています。
もちろん、このセミナーに出るだけが目的ではありません。
論文を進捗させるためです。
日本に戻ってからの3ヶ月は、正直なところ思っていたよりも忙しく、体力的にも限界でございました。
そういうわけで、ほとんど何も進捗を見出すことができなかったため、ここでちょっと時間を頂いて、さらに10日ほど滞独して、論文に集中しようと言う魂胆でございます。
あーでもなんですね。
10日で何とか出来るんなら、さっさとやれってことですな。
そういうわけでせっかくいただいた時間、頑張りたいと思います。

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ニセ博士の困った日常・いかにしてわたしはKLMに乗るのをやめて大量の荷物とともにAFで成田にたどりついたか

今更ですが、3月末にドイツから日本に戻る際の笑える(その時は全然笑えなかった)エピソードを一挙公開。

ーー

さて、引っ越し荷物を何とか搬出し、留学生仲間によるお別れ会、指導教授との最後の面談を終え、ついでに土曜日には指導教授の家に家族ごとお茶に招かれ、何とか無事にイースターOsternを迎えました。

無事に、とはいってもOsternを前にして突然の降雪。
この冬は、寒い日は結構さむかったのだけれど、なぜだか雪はほとんど降りませんでした。
それがなぜか春分の日(Der Frühlingsanfang)にやや湿りがちな感じで降雪。半日ほどつもっては融けるがその後繰り返されることに。
当然雪遊び用の服・靴などはもう発送してしまったので、子ども達は風邪引かない程度に塗れつつ若干雪で遊ぶ。

で、イースターOsternの日には、雪積もる中、恒例の朝5時半からのOsternachtと呼ばれる早天礼拝に一家で出席、続く朝食会にも家族で殴り込んで、子ども達が食い倒しまくっているところで、主任牧師から離独のご紹介。あーでも、まだ論文の続きをするためにまた夏頃には来るんですぅ〜あぁそんなに派手に紹介しないで恥ずかしいからぁぁ、などど思ったりもするが、実は牧師にとって一番大きいのは、ほぼ毎週欠かさず子ども礼拝に出席していたうちの子ども達3人がいなくなることの方だったりする。その他の教会員的にも、僕一人がいようといまいとあまり大差は無いが、子どもたちがいなくなることを大変残念がってくださる。というわけで、僕がいなくなろうとまた夏に来ようとまぁ関係ないので、恥ずかしがることそのものが意味がない。

午後は、元パプアニューギニア宣教師で、以前の宣教師研修所の所長で現在は神学生研修所の所長の方のおうちにお茶にご招待。
パプア時代の話とか、バイエルン福音ルーテル教会における神学教育の課題についていろいろお話を伺う。

で、月曜日はそこそこ天気が良いので、窓ふきしたりゴミ捨てしたりと引っ越し作業を進めつつ、持って帰る荷物をカバンに詰める。
預け荷物は一人20kgなので、理論上5人家族の私たちは合計100kgまでOKなわけで、あーそれだけあれば余裕々々などどタカをくくっていたら、簡単にオーバー。
仕方がないので、重そうなコピー資料とか本とかを手荷物にするが(あきらかに本末転倒)、意外に子どもの服が多く、どうにもオーバー。
やはり先の荷物搬出の際に、多少その後の1週間不便になったとしても、もう少し送っておくべきだったと反省するが、もはや後の祭り。
あとはチェックインの際に、「オーバーしてる」と言われた時点で何かを、見送りの人に預けるか機内持ち込みにしてやり過ごすかしてお茶を濁すことにする。

そしてついに離独当日。
予定では午前11時半にニュルンベルク発->アムステルダム13時半、アムステルダム15時半->成田翌朝10時着というスケジュール。
できれば到着した午後には、早速あれこれの役所関係の手続きに取りかかりたい、という思惑があって、敢えて朝到着の便をブッキング。

大小取り混ぜ預け荷物6個に及ぶ大荷物と、やはり大小取り混ぜ7個になる機内持ち込み手荷物という、膨大な荷物を空港まで運ぶため、この日は、村の海外宣教局のスタッフ兼神学校の宣教学講座講師の方で、子ども5人(うち双子が2組)がいるためVWバスを擁する元タンザニア宣教師にお願いして送ってもらえるように、あらかじめお願いをしたところ、実はその日の11時頃到着の便で、タンザニアから新しい留学生がニュルンベルクに到着するので、そのついでに送ってもらえることになる。

で、11時半のフライトのため、10時前ぐらいにはチェックインをしておきたいという私たちの希望で、朝8時半頃に自動車でお迎え。見送りしてくれる留学生仲間や子ども友人達は鉄道で出発、ニュルンベルク空港で落ち合って涙の別れ、さらばNeuendettelsau、さらばNuernberg、さらばDeutschland、あ僕はまた夏に来なきゃ行けないんだったっけ、えへっなんて感じで万事が上手く進む予定だったが、なぜか7時半頃から突然の降雪。しかもドカ雪。1時間の間にあっという間に積雪10cm。

雪の中をお迎えに来てくれた先生の車に大量の荷物を詰め込み(でもさすがVWバス、まだまだいけました)、新しく来る留学生の出迎え要員である、現在留学中のタンザニアからの留学生と一緒に自動車に乗り込む。
「多分雪だから、出発は遅れるんじゃないかな〜」という話をしながら、途中突然の積雪でスリップしそうになるなどの軽いジャブをくらいつつ、一路自動車はニュルンベルク空港へ。
さすがにニュルンベルクとその近郊には、大して雪は降っていません。
まぁこれなら多少遅れても大丈夫だろうと思いつつ、荷物を下ろしてチェックインカウンターへ向かう。
と、これまた見送りに来てくれていた、神学校の古典語の先生で留学生担当でもある方が登場。にこやかな挨拶もそこそこに「なんかね、アムステルダム行きの便、欠航らしいよ」とのこと。って、えぇぇぇぇぇ〜!
あわてて航空会社のカウンターに行って見ると既に長蛇の列。どうも荒天のため、アムステルダム行きが全便欠航になったらしい。
で、30分ほど並んで、代替便の手配を依頼すると「夜8時半発、パリ経由、成田到着翌日19時の便しか空いてない。そうでなければ明日の朝9時半発でパリ経由、翌10時成田到着の便しかない」とのこと。ってえぇぇぇぇぇ〜!
運良く、宣教学講師と古典語講師の二人もドイツ人が見送りに来てくれていたので、二人とも突然に「ドイツ人モード」でクレームをつけまくって、より良い条件での代替案を引き出そうと交渉してくれる。
ドイツ人からクレームをつけられると本当に困るというかもうお手上げだけれど、こういう時はドイツ人がいてくれるのは心強い。
ところが、そういう相手もやはりドイツ人。今日はイースター空けで予約が一杯だ、一人か二人ならなんとかなるが5人は無理だ、でもホテル代を出すことは出来ない、などなど絶対に譲らない。
このままではもうどうにもならないので、妻と相談の上、20時半の便で発つことを決断。先生達は粘って、待ち時間用に空港内で使える金券、一人12EUR(1,800円ぐらい?)を勝ち取ってくれる。感謝。

とりあえずニュルンベルク市内に出て夜まで時間をつぶすことにする。しかし、時間を潰すにも、手元には大量の荷物が。そこで、夜の便だが今の内にチェックインして荷物を預けられるかどうか交渉に行くと、まぁいいでしょうとのことなので、チェックインすることに。
ところが、再ブッキングしたことが原因でなにかうまく手続きが進まない。どうも窓口係員がこういう状況に対処したことがないらしく、ものすごく手間取り、一回したチェックインを一旦取り消してもう一回やりなおして、また取り消して、みたいなことをしている。別の係員が見に来て、どうも最初の段階での確認ミスだったらしいことを指摘するが、そこはやはりドイツ人、首をわずかにかしげつつ両肩をちょっと上げて両手の平を上に向けて軽く広げる「私のせいではありませ〜ん私のしったこっちゃありませ〜ん」のポーズを決めて応対。現代のドイツでは最後まで自分の意見を主張し続けた方が正しいですから、そう簡単に謝っちゃったりなんかしたりしません。
と、そんなことをしている間に30分が経過。重たい荷物も何とか預けて、なんとか手続きが終わる。
すると「荷物が14kgオーバーです。1kgにつき30EUR(=5,000円ぐらい?)の超過料金がかかりますから、搭乗までに向こうのカウンターで払ってください。」とのこと。って、つまり30EUR*14kg=420EUR(=63,000円ぐらい?)っって、ええぇぇぇぇぇ!
いや、そういうことは先に言ってくださいよ。そんな金額払えませんよ。というわけで、先に知ってたら荷物を詰め替えたよ!とさすがの僕もクレーム。向こうも「これでも既に一人2kgづつのおまけをしています。これ以上はどうにもなりません」とけんもほろろ。ここまで付き添ってくれた古典語の先生がすかさず「じゃぁ、詰め直しするから、もう一回荷物を持ってくるように」と宣言。窓口はかなり険悪な状況に。でもお客様のご要望に窓口係員は応えねばなりません。結局、預けた荷物をもう一回持ってきてもらうことに。
しばしの作戦会議の結果、子どもの着替えが入った(預け荷物の中では)一番小さいスポーツバックをどうにかすることに。
この辺りで、最初の窓口係員の人は勤務時間を終えてさっさと帰宅。隣の窓口の、明らかに能力の高そうなトルコ系の方に担当が変わる。どうやらこの方の勤務終了時間も来ているらしく、適当にさばいて、さっさと決着をつけることを当面の最大の目標にしていることが明らかに見て取れる。そして一言、「そのカバン、機内持ち込み手荷物の大きさの規定内ですか?」そこで、いわゆる『手荷物の大きさはここまでです』のゲージに入れてみると、わずかに脇のふくらみがつっかえている。「他のカバンにはみ出した分を移して、機内持ち込みにしてください。」』ここに事件は一気に解決に向かってへと動き始める。実はそれでも若干重量オーバーだが、見ないふりして通してもらうことに。

これと並行して、宣教学の講師の先生は、タンザニアからの新留学生をピックアップしようとするが、どうもこちらもアムステルダム荒天の影響かなんかで、予定の便が到着しないことが判明。あわてて乗客リストを探してもらい、どうも夕方の便になっているらしいことが判明。先生の予定の関係で、一旦出直すことに。

とにかくようやくチェックインを終えて、見送りに来てくれた、隣のアパートに住んでいるインドネシア人留学生一家(うちとは息子同士が小学校のクラスメート)とニュルンベルクの街中に出かけることに。ただいまの時間およそ12時。19時半ごろ空港に戻るとして、それまでどうやって時間を潰したものか…映画でも見に行くか…と思っていたら、ニュルンベルクに住んでいる別のインドネシア人留学生の家に電話したら、昼飯を食べに来いと言っているとのことなので、この際お邪魔することに。
冷凍ピザなどを焼いて食べさせてもらい、16時半頃までしばし休憩。おかげで、子ども達は少し体力を温存することが出来ました。
荷物の詰め替えもしないといけないし、万が一また飛ばないということになったら困るので、少し早いが、16時半にそこのお宅を出て空港に向かう。
最後まで付き合ってくれた、隣家のインドネシア人留学生一家と空港で涙のお別れ。
彼ら一家もうちの家族と同時期にNeuendettelsauに来たので、彼らとは家族ぐるみでいわば盟友でした。

さて、とりあえず今度の便は欠航無しらしいことを確認。
フライトまではあと2時間以上ある。
とりあえず、いろいろあってここにきて増えてしまったエコバッグみたいなズタ袋にいれている手荷物を、機内持ち込み可能な大きさの一つのバックにまとめることにして、空港のショップにカバンを買いに行く。午前中に便を振り替えた時にもらった金券を使おうとするが、なんとそれは売店の食べ物にしか使えないことが判明!え〜っ、60EUR分(=9,000円ぐらい?)ですよ。いくら5人だからって飛行機搭乗前にそんなに食べないって。うちの子ども達乗り物酔いするから。
しかたなく、まだ利用可能なデビットカード(ドイツではクレジットカードよりも、EC-Karte=デビットカードでの買い物が一般的)で購入。くくぅ、こんなことなら、クソ高い空港ショップではなくて、ニュルンベルクの街中で買ってきておくべきであった…と妻が特にくやしがる。
とりあえず空港ロビーでこそこそと荷物の詰め替え。
この時点で既に預け荷物が無いにもかかわらず、あたかも預け荷物をまだ持っているのではないかと思えるぐらいの大量の荷物になっている。

そこへ、比較的空港の近くに住んでいる、一番下の息子の日本語補習校でのお友達がお母さんと一緒に見送りに来てくれる。
イースター休みで退屈していたらしく、しばらく一緒に遊んでいただきつつ、60EUR分の金券ならぬ売店用食券を使い切るべく、パンをかじったりアイスを買ったりする。

そうこうしている間に19時半頃になったので、そろそろ搭乗口に向かうことに。セキュリティチェックの所で、補習校のお友達とお別れ。
例によってテロ対策の関係で、液体やらコンピューターやらは全部出せと言われる。まぁこれは当然予想済みなので、さっさと出して通り過ぎる。

ニュルンベルク空港は小さな空港なので、搭乗口にはすぐにたどり着き、飛行機まで向かう空港内バスの到着をしばらく待つ。
この辺で、子どもも大人もかなり疲労の色が見えて来るが、「パリで日本行きに乗り換えるまでは何とか頑張って〜」と互いに叱咤激励。
連絡バスが到着したので、ゲートに並んでチケットを出すと、係員が「荷物の重量超過があるようですが、支払いは済みましたか?領収書はどこ?」と訊いてくる。なに〜!ここで引き下がってはこれまでの苦労が水の泡であるので、それはもう解決済みなんだよ!チェックインカウンターの係員が消し忘れたんだようよう!俺たちゃ荷物の詰め直しをしたんだようようよう!というようなことを夫婦で口々に訴える。係員は非っ常に訝しげな顔をしつつ、通してくれ、連絡バスに乗車。
やったー勝ったー!勝ったよー!僕たちは勝ったんだー!と喜ぶまもなく、バスから一番に降りて、機内持ち込み荷物を入れる場所を確保しようと、一番上の息子と共に走る。
大荷物を抱えて機内に入ろうとすると、エールフランスのフライトアテンダントの女性が制止して、フランス語で私たちの荷物をさして何か言い出した。ドイツで聞き返すと、やっぱりフランス語で説明してくれる。ここはまだドイツだっちゅうの。フランス人は相手が理解しようとしまいと必ずフランス語を使うのであった。とにかく、どうやら手荷物は地上のカートの上に置けと言っている(らしい)。でも既に息子と僕の後ろのタラップは長蛇の列で地上までとても戻れない。しかたがないので、フライトアテンダントに荷物を預ける。なんだ、こんなことなら焦って走る必要なにもありませんでした。
さて、乗客が全員搭乗したところで離陸準備に入る。この時点で夜9時近い。隣に座った下の息子はもう既に眠りかけている。反対側に座った、上の息子に目をやると、「これでドイツとさよならか…」と少し涙ぐんでいる。
彼も3年前ドイツに着いたばかりの頃は慣れないドイツ暮らしに涙することも多かったのに、この3年間でドイツというかNeuendettelsauでの生活に馴染むことが出来たところでまた引っ越しなわけで、親の都合で子どもに迷惑をかけるなぁ…と申し訳ない思いに苛まれる。

そしてついに離陸。さようならニュルンベルク、さようならドイツ。機体は一路、パリへ。
2時間足らずでパリに到着。乗り換え時間が結構短いので、眠ってしまった下の息子をたたき起こし、大量の荷物を抱えて広大なパリ・シャルル・ド・ゴール空港を急ぎ足で駆け抜ける。
出国審査の所では「滞在許可が来週までだけど?いいの?」と(フランス語で)訊かれる(僕はわからないので、妻が聴いた)。そんなのわかってんだよ!だから日本にもどるんじゃないか!とわめきたいところだが、そこは急いでいるので後回し、「もんだいあーりません」と軽くスルー。

ついに搭乗口に近づくが、振替輸送なので、搭乗前に再度予約を確認すると、座席が3カ所にバラけているらしい。仕方がないので、上の息子は一人で座ってもらうことに。一番上には苦労をかけるねぇ・・・。
そして夜の12時少し前、ついに搭乗。なんとか大量の荷物をあちこちの棚に詰め込み、それぞれ座席に着く。
ほどなく離陸。あーさようならヨーロッパ。とはいうものの、このあたりで疲労もピークを迎えているので、もう感傷にひたる暇もない。
下の息子は以前に飛行機でゲボしまくりの前科があったため、かなり警戒していたものの、真夜中発が幸いして、速攻でご就寝。そのまま約7時間ほど、ゲボもせず眠り続けてくれたのでした。まさに塞翁が馬。

そしておよそ11時間後、飛行機は特に問題もなく成田に到着。
ひょっとしてひょっとして押捺を求められたりするだろうか・・・という不安を抱えつつ、入国審査を待つ。
求められたゴネるしかないわけで、万が一の場合は万事よろしくと、とりあえず妻子に先に行ってもらう。
比較的若い入国審査の係官に、平静を装ってパスポート(とそれについている再入国許可)と、更新期限の来た外登証を呈示。・・・「はい、どうぞ」やったー、やったー、何も言われなかったよー。妻子の待つ窓口の向こう側に走る。当然妻は、もうどうでもいいからはよ帰ろう、というオーラを全身から発しているので、荷物を拾いにさっさと向かう。
なにしろ大量の荷物なので、全部ピックアップするだけでも結構な時間がかかる。
おまけに、eBay(世界最大手のネットオークション)で買った旅行鞄は結構ヤワで、2つのカバンが壊れてしまっていました。
とりあえず全部ピックアップした後、カートに大量の荷物を載せて税関へ。
手荷物の中には特に申告するようなものは何もないのだけれど、税関で必ず引っ越し荷物の免税申告書にサインをしてもらってくださいね、と引っ越し屋から何回も念を押されているため(忘れて出てしまう人が結構あるらしい)、それだけは忘れないようにして、とりあえず税関を通過、到着ロビーへ向かう。
(ちなみに申告書は2枚を作成して、一枚を提出、一枚は控えとして受け取って、到着ロビーに出た後で、引っ越し屋の窓口に提出することになっている。)


到着ロビーでは、荷物運び要員として私の両親と妹、そして妻の両親が出迎え。
再開の喜びもそこそこに、引っ越し屋の窓口に免税申告書の控えの方を提出。
ここで、さしあたっての連絡先として、さしあたっての滞在先である妻の実家の電話番号を記入するが、疲労もピークを通り越し、また日本の地を踏んだもののまだ足が地についていないような状態だったせいか、婚約時代に妻が住んでいた家の電話番号を書いてしまう。いやーたしかにあのころはよく電話してましたからね。何か、その電話番号が最初に出てきちゃったんですよ。お恥ずかしい。

そんなダメ押しの失敗をやらかしつつも、出迎えの皆様に御引き回しいただいて、何とか妻の実家まで到着。
当初の予定よりも半日遅れての到着でしたが、とりあえず家族全員無事に再び日本の地を踏めたことでまぁ良しとしよう、というところでしょうか・・・。


・・・さて、そのようなわけで、3年半に渡って駄文を垂れ流して参りましたこの「ドイツ滞在記録」ですが、ついに一つのWendepunbkt(転換点)を迎えることとなりました。
今後は「ドイツ(ときどき)滞在記録」としてお送りして参りたいと思います。
またのご愛顧を心よりお願い申し上げます。

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