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2008年3月

2008.03.29

ご挨拶

3月26日、無事に家族揃って日本に戻って参りました。

心配していた大量の荷物、いろいろお茶を濁しつつなんとか無事通過。
心配していた入国審査も、押捺無しで無事通過。

この3年半の間のご支援に心より御礼申し上げます。

いろいろなハプニングがありましたが、それはまた改めて投稿致します。

とりいそぎ日本に戻ったご挨拶とさせていただきます。

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2008.03.21

面談終了

昨日は、指導教授との最終の面談。
ドイツにいる間に出来るだけ大枠を書いて、それを教授に見せて行くのが、最も好ましいスケジュールだったわけですが、誠に残念ながらドイツを離れるまでに大して分量を書くことはできませんでした
そうは言っても何も持たずに、のこのこ教授の前に顔を出す訳にもいかず、とりあえず徹夜で準備。週末の荷造り以来こんな感じが続きます。
について造りの際にも、この面談で使うであろう本や資料は箱詰めせずにお取り置き。(この行為の論理的帰結として、手荷物として担いで飛行機に乗らなければならないということは、明白である。)
面談時間の直前までかかって、論文全体の結論となる内容について一応まとめる。でももうプリンタは荷出ししちゃって自宅にない。
しかたが無いので、データをUSBスティックに入れて神学校で印字、5分遅れで教授の研究室へ駆け込む。

「残念ながら、大した分量は書けませんでした。だから今日は結論部分についての基本的な方向について相談したいと思います。」といきなり宣言しつつ、不信そうな顔をする教授を前に自説をご開陳。
レジュメの説明をしつつ、手荷物重量の超過覚悟で残した資料や本をここぞとばかりに見せつける。
おかげでそこそこ納得して戴けたご様子。
一通り説明が終わったところで、教授が一言、

「あなたのアイデアは面白いと思う。これを上手くまとめられたら、新約研究に新しい視点を提供することも可能だろう。で、だから(能書きはいいから)書いて」[括弧内は引用者による補足]

はい。その通り。仰る通りです。ぐうの音も出ません。

その後、今後のスケジュールについて相談。とりあえず1章分書けたらメールで送って内容をチェックしてもらうのは当然のお約束。いや〜15年前だったらこんなの無理だったろうな〜。ほんとネット様々です。
で肝心の今後のロードマップの方は、次回いきなり提出のために来独、というわけにはいかないことに。半分書けたら中間報告・面談のために一回来る方が良いとのこと。指導教授の立場としては至極順当なご提案です。
でもそうなると、当然最終段階に至るのが、当初希望的に観測していた予定よりも半年ほどズレ込むことは必至なわけで、いささか情けないというか、忸怩たる思いが心に満ちる。でもこれも身から出た錆なのでどうしようもないわけで…。

とはいえ、いずれにせよこれで一応、荷出しにならぶ離独準備の最大の山場はクリア出来たということで、ちょっとほっとしたのでした。

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2008.03.19

引っ越しまでの遠い道のり

昨日、荷出しがついに完了。
最後のぎりぎりまで慌てて作業しているのをいいわけに、妻に荷造りを完全委任。
で、ほとんどのものはとっくに荷造りがおわっているのだが、私のものだけは最後まで当然残るわけで、この土日に不眠不休でなんとかマニア合わせる。
当然荷物は原則船便なので、東京に到着するのはおよそ2ヶ月後になる。
だから、どうしてもすぐに必要な資料とかは手持ちになるので、どれを持って行くか選んだり、ためにためてた文献表とかを一気に作成したりしつつパッキング。なんとかぎりぎりで間に合う。あいかわらずの瀬戸際の魔術師ぶりだが、さすがに体がもたなくなってきました。

ちなみに、こちらで住んでいるアパートは帰国宣教師用住宅なので、家具・食器・リネン類などは全て備品。なので、荷物は全てその他の生活用品と本。
費用の関係で、できるだけ4立方mにおさまるように箱にできるかぎりぎゅうぎゅうに詰め込む(船便は重さは関係ので)。

子どもの服とかまぁある程度かさばるのはしかたがないのだが、問題は本。
基本的に本はこちらの図書館で借りているのだが、それでも購入した本はなんだかんだで結構多くなってしまった。
その他の資料・コピーの量も結構すごいです。
荷物の6割は本(もちろん子どものものも含めて)と資料でした。
当然、テオリー通り本は一番小さい箱に詰めるわけだが、引き取りに来た人(一人だけ)が、その重さと数の多さに呆気にとられているので、このままではラチがあかないと、積み込みを手伝う。おかげで筋肉痛に。日本から持ってきた湿布薬をここぞとばかりに貼るが、きっと明日はもっと痛くなるのでしょう・・・。

で本日は、神学校に行ったり、銀行に行ったり、大家である海外宣教局にいったりして、各種残務処理。
午前中最大の山場(?)は自動車の処分。
うちのアパートの隣が自動車修理工場で、大変親切に右も左も分からん外国人相手にこれまでも修理の相談にのってくれていた。
なので、そこで引き取ってもらって、登録抹消のための各種手続きをお願いする。
本当に親切な車屋さんで、本来ならばこちらが廃車費用を出さないといけないぐらいのポンコツなのに、餞別代わりに一応「買って」くれて、「今度また来ることがあったら、その時はポルシェ持ってきてね。がはは」と言う。
なんかあまりドイツ人らしくないな〜と思ったら、電話で突然イタリア語をものすごく流ちょうに話し始める。
え〜、イタリア語ものすごく上手ですね!と言ったら、「だって、イタリア人だから。もう40年ドイツにいるけど。」
根拠は無いが、なんとなくこれまでの一連の対応「ノリ」に納得。

午後は留学生仲間が企画してくれた「アジア風送別会」。
「アジア風」というのは、送別される人がゲストだという意味。
昨今のドイツ(よく知らないがどうも北西ヨーロッパ一般にそうらしい)では、子どもだけでなく、大人の場合でも、個人の誕生日だろうが内輪の送別会だろうが、お祝いされる人がGastgeber(ホスト)で、お祝いしてくれる人がGast(ゲスト)というのが普通らしい。
要するに、お祝いしてもらいたい人が、自分の都合を最大限優先することを追求するためには、そうなるらしい。
で、一応子ども達のためのお別れ会だけは考えていたのですが、大人用にはそんなことする時間的余裕も言われも全くないので、知らん振りをしていたら、インドネシアからの留学生仲間が、「やっぱりやらなきゃだめだ!おまえに時間が無いなら、私たちがやってやる!インドネシアじゃ残る方が送別会を開くのが普通だ!」ということに。あ、やっぱりそうなのね。ちなみにイタリアに留学していたラテン語の先生に訊いたら、イタリアでもそれが普通らしい。ヨーロッパと一括りに言っても、地中海文化圏と北海・バルト海沿岸文化圏の違いの大きさを感じる・・・。
というわけで、「アジア風」送別会をやることに。指導教授や、お世話になった宣教学講座の教授にも声をかけるように、「主催者」から言われてご招待。お二方とも、義理堅く顔を出してくださいました。
送別会のお開きの際には、ため込んでいた日本関係のグッズを皆様にお土産として大放出(これも正しくアジア風と言えるか・・・?)

明日は、指導教授と最後の面談。
あまりにも遅れている行程をいいわけして切り抜けるためのネタを今晩徹夜で作成中。緊張です。

村内では今やイースター(Ostern)のための飾り付けなども散見。
春は間近ではありますが、今日はまだ一日寒い風が吹いていました。

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2008.03.09

ついにiPhone入手!ってウソですごめんなさい

Cimg1312ほとんどやけくそで連日エントリ投稿が続いております。

というわけで、ついにiPhoneを入手!

…すいません。
もちろんウソです。大ウソです。ウソ言いましたごめんなさい。
だいたいそんなの買えるわけないじゃないですかっ!
日本で携帯電話として使えないのに、しかも同じ値段でiPod touchが買えるのに、そもそも今使ってるOSはまだMacOSX10.3.9Pantherだから、まずOSをアップグレードしないと使えもしないのに!きーっ!(<−もう逆ギレ)

Cimg1316

実はこれ、昨日息子とニュルンベルクNuernbergの街中に出たときに、T-mobileショップに並んでたiPohneそっくりの外見のチラシなのでした。




Cimg1306 (ニュルンベルクのT-mobileショップ。展示の横には巨大iPhone型ディスプレイが…。)
当然、息子と共に二人分のチラシをとってきて、これは大事に持って帰ってみせびらかすことを誓い合う。(<−もうただのアホ親子)
しかし息子も「これってつまりポケットに入るコンピューターってことだね!本当にかっこいいねぇ〜。」と良い感じにツボをおさえつつ感動。さすが我が息子(笑)、所詮カエルの子はカエルっつーことですね。


Cimg1309 その息子が、帰りにカフェで食べたアイス"Kleine Portion mit Sahne"(「小」盛り生クリーム付き)…ってどこが「小盛り」やねん!と言うのが我が家のお約束。
でもメニューの中ではこれが本当に一番小さい。
当然一人では食べきれず、二人で分けました。

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2008.03.08

今日は

妻は着々と日本に戻る準備を進めています。
負けじと僕も今日は隣の自動車屋に行って自動車の処分について相談して来ました(ていってもものの5分ですんでしまいましたが)。
そして村役場で引越し届。
本来、これはもっと離独直前でも構わないのですが、インターネットのプロヴァイダに解約通知をする関係で、転出届の受領書が必要なため、ちょっと早めの届け出となりました。
(転出日として離独予定の日を記入。)
来週早々には、この受領書をプロヴァイダに解約通知と併せてFAXすることになります。
あっ、受信料の自動引き落としの解約もしなくては…。(これもFAXしなくては…。)
そう言うわけで、着々と引越しの準備の方は進んでいっています。
着々と進まないのは論文だけ…。
精進精進。

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2008.03.05

そろそろ

というわけで、およそ3年半に渡り、ドイツくんだりからくだらないネタを垂れ流してまいりましたが、諸般の事情により、このイースターをもって一旦日本に戻ることとなりました
4月からは、三鷹市の外れにある教会に牧師として赴任いたします。
これまでのご愛顧を感謝致しますとともに、今後も生温かく見守って頂けましたら幸いに存じます。

ちなみに当然(?)、論文は仕上がっていないわけで、2008年夏の完成を目指して今後も精進して参らなければなりません…。
どうか引き続きご支援ご指導いただけますようよろしくお願いいたします。

論文完成の暁までは、一応当ブログも細々と展開して参りたいと存じますので、お引き立ての程を宜しくお願い致します。

さて、でその論文ですが、当然今のうちにとりあえず書けるだけ書いておかないといけないわけで、煮詰まっちゃって焦げ付いちゃったのがもはや分子レベルで崩壊しつつあります。
一応オチとしては、こんな感じ。
はっきり言って自分でも何言ってるか分からないですが、煮詰まり具合をお察し頂けましたら幸いに存じます。



  1. Mary.L.Prattの提唱する»Contact Zone«という概念をルカ福音書の旅行記に適応して、福音書著者の視点が複数の社会的枠組(Social Framework)が重なる領域に位置していることを示す


  2. と同時に、B.J.Malinaがまとめている古代地中海世界の時間理解(CBQ 51-1,1989, 1-31)を、J.Assmann-K.E.Mueller, Der Ursprung der Geschichte,Stuttgart 2005で出てくる古代地中海の世界観とくっつけて説明
    1. 古代人の時間感覚=空間的に把握している要素大きく、時間とはむしろ社会的枠組みと捉えることができちゃったりなんかしちゃったりして
    2. ということは、旅行記=異なる「時」(=「社会的枠組み」)の境界を行ったり来たりすれ違いでどこからきたのかごくろうさんね、という感じで、かなり視点が錯綜
      1.  ー> 伝承プロセスの違いに由来するものももちろんあるが、むしろ、ある種わざと錯綜したまま遺してる、とか?


  3. その上で、ルカの旅行記におけるイエスの発言とたとえ話を、大貫隆、イエスという経験、岩波2003、同、イエスの時、岩波2006をつかってまとめる
    1. どうやらこの旅行記を書いている人自身が位置する「現在」が、社会的枠組みの山のあなたの空遠く幸ひ住むと人のいふ、という位置にある感じがする、ような気がする
    2. でも、旅行記だから、ここかと思えばまたまたあちらあー河原の石川五右衛門、そう簡単にはつかまえられません。
      1. だからついつい、文脈をロストしました!解析不能、釈義者は回答を保留しています!みたいになりがち?
      2. でもって捕まえたところで、つかみ所がないから、おい、どっちへ行くんだい、へぃ、それはウナギにきいてください、みたいな?
    3. ていうか、以下のような雰囲気を持つエピソードが、渾然一体となって一人の人格上に展開しているところが旅行記の醍醐味ではないかと。
      1. 風の向くまま気の向くまま明日は明日の風が吹く、けっこうけだらけねこはいだらけとくらぁ、おいこのタコ社長、いつまでもデカイ顔してられると思うなよ、みたいな放浪のカリスマティカー的雰囲気
      2. がははは、いやいやうまいねー、おーい山田君、全部もってちゃって、えーっなんでー、みたいな審判者的雰囲気(なのか、これは)
      3. ルカ特殊資料的な(ほんまか)、東ニ病気ノコドモアレバ、行ッテ看病シテヤリ、南ニ死ニサウナ人アレバ、行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ、ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ的な(ってどんなんやねん)「小さくされた者」に対するシンパシー満載の雰囲気
    4. この辺に、わざと視点の錯綜を遺している原因があるのではなんて思ってみたり。
    5. 近代人が聖書読む時にはどうしても、「自我意識」というものが、世界を観察する際の一定不変の観察点であることを前提にしてしまうわけで、だから近代文学批判のお約束としては、たとえどういう人称を用いて記述していたとしても、登場人物と書き手と読み手(語り手と聴き手を含む)はそれぞれ別個のアイデンティティを持っていて、基本的に混じり合ったりしないことが大前提なわけです。が、少なくとも古代における「自我意識」は近代人のそれとは全く違うわけで、吾輩は人の子である。名前はまだ無い。みたいな感じかと。だから物語上の文脈を追う視点は、登場人物と書き手と読み手(語り手と聴き手)の間を行ったり来たりするわけで、旅行記で内容的にも視点が行ったり来たりするのに対応してしているかもしれない、なんてことを言っていいのだろうか。


  4. 隠し味に、J.D.G.Dunn, Jesus remembered, 2003とか、G.Theissen, (hrsg.v. G.Merz), Jesus als historische Gestalt,Goettingen 2003とかをところどこでひっぱってくる
    1. あなたのおもいでだーけーはーきえたりーしないー、というわけで、思い出の割に益々ご健勝でご発展のイエスのご様子が展開されている点を指摘。
    2. さーてどっかいこーかどこいこーかー!へこいてかえろかくそしてねよか、おいおまえひまやろ、あのおとこ見てみ、えーことしてるとおもわへん?おまえいってちょっとみてこいや、おうどうやった、そーやなー、イエスは当時の社会規範の内部にいるよーなー、いないよーな、いややっぱりどっちかいうたらいるよーなー、いないよーなー、ってどっちやねんな、なにはなくともekkle-siaは最高、他に比べりゃ外国同然!東・地中海世界・Strut!Keep on Movin!みたいな、どっちつかずゆえのノリノリ感を醸し出しているか?なんてね。
    3. ついでに言えば、どこにもいて、どこにもいない。だれでもあって、だれでもない。私はダ…みたいな感じで、不在による偏在という意図の臭いも若干しなくもないかもしれない。


  5. 結論としては、おおむねルカ旅行記においては、社会的少数者(=周縁化された存在)の視点においては神の国は現在時称的、社会規範の内部にいる存在の視点においては神の国は未来時称的、な感じで展開してるのではないかということを問題提起。
    1. 未来=社会規範の境界の外側であって、つまり周縁化された存在にとっての現在、というからくりでなんとかお茶を濁そうと。

というあたりで何とか勘弁してもらおうという、ムーンサルトプレス並のアクロバティックな荒技に挑戦という算段ですが、果たしてうまくいきますやら。請御加祷。

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